2010年12月28日火曜日

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昨日はたくさん泣いてしまった

荷物の整理をしていて

自分の書き留めたメモ書きをみつけた

今年の3月に書き留めていたこと

「一生懸命生きて行くよ」

そう最後に書いてあって

そうだね

わたしは一生懸命生きて行くんだって

強く思っていたね

いつか出会える日まで

今よりも強くなって

優しくなるんだったよ

だから頑張らないとね


決めたんだ

春にやりたいなって思ってる写真展のテーマ

どうやって形にしていこう

どうやって表そう

優しく強く繋がるもの

絶えずお互いを思いやるもの


2010年12月15日水曜日

merry



今日お昼休みに

同僚のYBちゃんがピアノの発表会をしたときの

話しをしていた

同じ教室の小さな女の子が

羊の着ぐるみで登場したんだってさ

で、何を弾いたかっていうと

メリーさんの羊だったそうだよ〜

綺麗な格好して弾くイメージのあるピアノの発表会だけど

そんな着ぐるみ着てでてくるっていうのは

なんだか時代を感じたな〜

わたしも幼稚園から小学校3年まで習ってたよ

いまだ弾けないけどさ

発表会でそんな着ぐるみの格好したことなかったもんなぁ

でもちょっと羊の着ぐるみって着てみたいよ

もこもこしてんだろうか(笑

画像:クリスマスなのでクリスマスらしい画像 新宿にて

2010年12月4日土曜日



いろんな人と出会う中で

たくさん笑う日もあれば

たくさん泣く日もあって

わたしのいいところ

わたしのきらいなところ

いろんなとこがみえて

自分と向き合って生きていく

乗り越えて

ひとつずつ進んでいく

なるべく止まらずに

止まったとしても

考えることは忘れずに


近づきたいから

近くにいたいから

2010年11月30日火曜日

いきいきと




昨日とはうってかわって 

いきいきとしたお花 

これはこれで美しい 

活力をあたえてくれて 

いやしをあたえてくれる 

いきいきとした花も 

しおれてしまっている花も 

それぞれにいいところがあるから 

大好きです 

人も一緒だね 

みんなみんないいところがあって 

わるいところもあって 

わるいところはいいところでもあって 

みんな表裏一体なんだよね 

画像:母の庭の小菊

2010年11月29日月曜日

美しいもの




昨日は眠れなくて

明け方写真を撮っていた

毎年 母が実家の庭に咲いている菊を

切り花にしてくれるのだけど

その菊がもうそろそろ終りの時


かなり枯れているんだけど

明け方の光に照らされて

私には美しく感じる

綺麗に咲いているときは

こころを穏やかに

癒しをあたえてくれるけど

こうやって枯れていく瞬間と言うのは

いろんなことを考えさせてくれる

だから枯れていく花を捨てられないでいる

ずっと枯れないでいてくれたら

それはそれで素晴らしい

でも命あるものだから枯れていくのは

当然なんだと

花を飾るたびにおもうこと

人間が枯れると言う表現はよくないけれど

いつまでも肌だって張りがあるわけではなく

しわしわになっていく

それは色んな経験をつんで

つくりだされたしわでもある

枯れる花をみると

そんな感じにおもえて

しかたなくて

わたしにいろんな感情を与えてくれる花を

捨てようとは思えないのです

2010年11月25日木曜日




自分のまわりの環境が 

自分の人生を左右するんだと思うけど 

その環境へ入り込んで行くのも 

飛び出すのも自分なんだよね 


わたしは色んな世界を広げたい人じゃない 

自分が安堵できる世界を作ってはいきたいけど 

不安になる世界を広げて行きたくはないんだ 

ただそんな不安のない世界なんていうのは 

おそらく皆無なわけで・・ 


その不安に負けない自分をつくっていかないととは 

常に思っているんだ 

でもそれを実際できてるかっていうとそうじゃなくて 

いつもこんな自分は嫌いだなと思ってしまうよ 


人間はなんで 

個性というものをもって生まれてきたんだろう 

なんでなんだろうね 

誰かがどんなにそれを論じたとしても 

論じてる人々がヒトをつくりあげたわけではないのだから 

信憑性ってのないような気がするんだけど 

かといって私はスピリチュアルなことを信じない人ではない 

案外信じてしまう矛盾だらけの人間だな 

意味がわからなくなってきたけど 


個性と言うものがなく 

姿かたちや性格までも一緒で男女という性別の差もなく 

カタツムリのように雌雄同体だったら 

ヒトという生物は存在する意味はなかったのだろうというのは 

なんとなく本当なんとなくだけどわかるんです 

でも本質がわかってないんだ 

そんなこと言うとヒトが地球に存在する意味さえも 

なんでなんだろうねってところにたどりつくわけで 

こんなのいったい何年考えてるんだ 

かれこれ高校生の時から考えてるんだから 

でも答えなんてみつかってないんだな 

意味があって個性というものが存在して 

人は人を認めて合うことを 

受け入れることで 

何かを得るんだけれど 

なんでそんな試練をあたえたんだろう 

目の前の試練には色んな意味がある 

人は試練を乗り越えて成長する 

でもなんで成長をさせるんだとおもう? 


34歳(もうすぐ35なんだけど)にもなって 

こんなことを考えて答えにたどりついてない自分てどうなの?って 

頭悪い発言ばっかりですみません

画像:なんとなく父との昔の写真

2010年11月23日火曜日

タイトルなし

昼前に姉からの電話

26日から放射線治療と抗がん剤治療がはじまるらしい

父の病状は思った異常に深刻のようで

もう手術をすることはできないとのことだった

医師に「頑張るしかないですね」と言われたそう

治る可能性が0と言われている訳じゃない限り

わたしたちはその可能性を信じるしかないんだ


25日に17時から病院で家族への説明があるとのこと

姉との電話では「会社休めないな・・・」と言ったけど

この先どんなことになっても

しっかりと向き合っていきたいと思うから

やっぱり大切な父親のことだから

わたしも医師からの説明をききにいこうと思う

昨日 仕事中に姉からもらったメールで

会社のトイレでずっと泣いていた

私が泣いてもしかたない

そんなことはわかっていても

涙はとまらず

いろんな思いがかけめぐった



今日はこれからお見舞いにいくけど

カメラを持って行くか悩んでしまう

これから抗がん剤治療や放射線治療で痩せてしまうであろう

父を写真におさめていくこと

これは酷いことなんだろうか

わたしは冷酷なんだろうか

こんなことを写真におさめていくか悩むなんて

自分ていう人間がどんな人間なんだか

うたがってしまう

父がいやがるならやめる

それはあたりまえだ

まずは父に話しをきくのがいいかもしれないし

父を目の前にしたら撮ろうなんて気はなくなるかもしれない

2010年11月21日日曜日

サザンクロス



以前 無料配布していたサザンクロスが

たくさんの花をつけて

長いこと楽しませてくれている

何ヶ月かたったから

家にあるのがあたりまえのようになっているけど

何ヶ月か前はここにはなかったわけで

あたりまえのように今はここにあるけれど

そのあたりまえに日々感謝をしなくてはだなぁ

日々 私に癒しをもたらしてくれていて

ありがとう

画像:光とサザンクロス

2010年11月16日火曜日

いつも



好きな物や人に囲まれてすごしていたら

どんなに幸せだろうね

2010年11月6日土曜日

タイトルなし



もしもわたしが

8月に子供をうむことができていたら

父は顔をほころばせて

その子を抱いてくれただろう

うれし泣きをして抱いてくれたかもしれない

死産というかたちだったから

8月にそれを叶えてあげられず

位牌に手を合わせるかたちで

会わせることしかできなかったけれど

いつか我が子を抱いてほしいんだ

それを叶えてあげたいし

叶えてほしい

だから負けないで

弱気になんてならないでいてほしい

家族がついているから

みんなついているから

諦めずに信じてすすまないと

わたしたちがめげたらおわりだ

強く 強くいよう

そして 克服しよう

今年の夏が終わる頃に電話で

みんなでBBQしたいといっていたから

来年の夏にBBQしよう

いまは信じること

信じてすすむこと




2010年10月23日土曜日



















どう動くべきなのか

わからなくなっている

そんなこと思うなら

そんなときは思うがまま

動いてみるのがいいかな

立ち止まってるんじゃなにも進まない

動いてれば何かがみえてきたり

何かがかわってくる

立ち止まって

待っているだけじゃだめなんだ

わかってるのに

わかっているはずなのにな

しっかりと自分と言う軸を信じて

向き合って

先へ進まなきゃ

画像:XとYと ぶれている自分

2010年10月18日月曜日

つらつらと書きます



昨日、高木正勝さんの個展へ行きました。

山本現代というギャラリー。

細胞が司るということ。

その表現を映像で見せてくれた。

しっかりと。

それを映像で表現するって考えただけでも難しいのに。

観ている間、何度も泣きそうになった。


どれだけの人が細胞レベルで何かを感じ取ってると感じてるんだろう。

気づいていないだけでみんな細胞レベルで感じているんだけども。

私は3月に「細胞レベルで感じてるんだな」と身をもって感じたことがあった。

あきらかに脳が信号をおくっていて感じてるんじゃない。

そう思った。

それは自分にしかわからないことで他の人に言ったら

「そんなのは頭が考えてそう思わせてるんでしょ?」と言われること。

でもそうじゃないんだよ。絶対細胞レベルでの話し。


以前みたテレビ番組で心臓移植をした方が

本来の心臓の持ち主だった方の記憶を思い出したという。

脳を移植したわけでもない。

心臓には脳のような海馬の役割をするところなんてものはない。

それなのに以前の心臓の持ち主の記憶が蘇ってくるというのは

やはり細胞レベルで何かを記憶しているということだと私は思うんです。

細胞のひとつひとつには海馬のような見えない何かがあって

そこに刻みこまれていくんだと。

話しがずれてしまったけれど高木正勝さんの個展「Ymene (イメネ)」は

すばらしすぎでした。

もう個展は終わってしまったのだけれど

もし興味がある方はこちらの文章を読んでみてください。

きっと共感できるはず。

http://www.yamamotogendai.org/japanese/exhibition/index.html

画像:渋谷の宮下公園前に咲いていた枯れたヒマワリ


2010年10月11日月曜日

難しく考えない



写真だけじゃなく

いろんな芸術に触れるのは

心を豊かにしてくれる

最近

そういうものに触れた時

一度は難しく考えず

説明文もあまり読まず

題名だけをみて

自分が感じたものを大事にして観ています

これは良い鑑賞の仕方ではないのかもしれないし

ライブだとそうは行かないけど

自分の感じるものを大切にしたいと思う

今日このごろなので

誰かが綴った言葉じゃなくて

自分なりの解釈や自分の感覚を感じていたい


その後に

もう一度じっくり観ていく

その時に

ようやく説明文を読んでみる

作者はこんな風に感じてたのかぁ

こんな意図があったんだ・・

と思いながら

たくさんの人がいるので

たくさんの解釈があって当たり前で

わたしの頭はあまり柔軟にできていないから

そうやって色んな人がいて

色んな感じ方があることを

すこしずつ学んでいます

画像:ちょっと前に飾ってあったワレモコウ

2010年10月6日水曜日

マルク シャガール



今日は午後半をして日赤へ

少しでも下腹部に異常があると心配になってしまうため

先週病院へ行きエコーやら血液検や他検査を受けてきました。


前回と同じ症状だったけど今回は前回ほど炎症はおこしてなく

また薬で痛みがおさまりました。

ホッ・・・

2時半に予約して診察室に入ったのが2時45分だったので

あんまり待たされずに済み

診察室でてきたのが3時前。

終わった後は予定にはなかったけれど

急ぎ足で上野へ向かった。

行きたかったシャガール展へ。

自分の考えていた物と

シャガールの絵画がリンクをしていて

なんだか嬉しくなった。

良い作品に触れた後というのは

足取りがゆっくりになる

余韻に浸っているからなのか

それとも急いでもしょうがないと思わせる

何かが働くのか

普段の足取りよりも数段遅く歩く

不思議だな

気持ちが綺麗になっている

そんな風にさせる力のある作品

シャガールの作品には愛をつよく感じる物がたくさんある

もう10年以上も前に軽井沢のメルシャン美術館で

初めてシャガール展を観たとき

なんか圧倒されて「ホヘー」として

理解できないのになんかすごさを感じてた。

はぁ そんな写真撮れたらいいのになぁ(笑)

画像:iPhoneにて撮影 百貨店に飾ってあった造花のコスモス

2010年10月1日金曜日

タイトルなし



命をかけて

教えてくれたものは

きっと強い強い

絆だったんだろう

そう 思うよ

画像:モンサンミッシェルへ向かうTGVの車窓から

2010年9月21日火曜日

三連休がおわりました



お、これを書きはじめようと時計をみたら0時。

この三連休は個人活動をしていたように思う。

初日:えみちゃんに髪の毛を切ってもらい
パーマもかけてもらいカラーもしてもらう。
その後anotherえみちゃんと会い、デニーズで
ご飯とデザートで女子トークをする。
女子トークと言える物なのかよくわからないけど、
とりあえず女子トークとしておく。
気分よく家につく。
夫は気を使って外でご飯をすませてくれていた。
ありがたやぁ。

中日:とあるとお花屋さんでお手伝いをした。
お花屋さんといってもウェディングや装花専門のお店なので
売ったりはしない。
すさまじい量のお花に囲まれて仕事。
そしてウェディングのセッティングなんかも少し手伝った。
おもしろかったけど、自分向きではないということがよくわかる。
お花屋さん一日体験は楽しかったがなんだか気持ちが落ち込んだ。
色んな理由があるのだ。
帰り際、夫からメール。
八王子帰りで実家の車で電子ピアノを大井町の自宅へ移動中で
恵比寿をちょうど通りかかるところでピックアップしてもらう。
その帰りに武蔵丸がやっている一口餃子のお店へ行った。
正直おいしくなかった・・・・。
マンションの前でGを発見してしまう。。。
電子ピアノはとても重く大きい。それを一緒に運ぶ。
八王子の実家からたくさんの食料品などをいただいた。感謝感謝。
とりあえず私の部屋に電子ピアノが置いて夫は車を戻しに
八王子の実家へ帰って行った。
なんだか疲れていたので、一人きりになるのが妙に寂しくなった。
めずらしく正直な私がそこにいた。

最終日:午前中に母がうちにきた。
私の母もたくさんの食料やらなんやらを持ってきた。
そしてその後1時間ほどうちでしゃべっていたら夫からメール。
「新宿にあと40分後につく」
そういえば、新宿でコンデジを選ぶ約束をしていた。
というわけでコンデジを選ぶため、日焼け止めだけをつけて家をでた。
母とは大井町駅でわかれたのでした。
新宿でカメラのキタムラとヨドバシとmapcameraへ。
いったん、お腹がすいたのでボンベイというカレー屋で昼食。
そこで何を買うべきか相談。
夫が求めているスペックはクリアできている。
他の同じような価格帯であまり同じスペックの物がないように思えたので
S6000でいいんじゃないかと思い、S6000を候補にする。
結局、現金で一番安く購入できるキタムラでS6000を購入。
帰宅後、数件カメラ屋巡りをしただけで疲れてしまい、昼寝二時間。
夕飯作り、少し長めのお風呂につかる。

そして三連休が終わる・・・・・。

今週もがんばるぞ。

画像:えみちゃん作のパン

2010年9月16日木曜日

うげー



ここのところ仕事でやたら

ストレスがたまっているらしく

帰ってくるなりバタンと言った感じ

体力っていうんじゃなくて

たいしたことないのだけど

なんだかとってもモワモワとしていて

なんでかなぁって思うことが多い

そんなこと吹き飛ばしてしまえばいいのだが

まるで自分が昨日の写真のよう

というわけで少しでも

写真だけでも

元気でるようなのにしよう

またシャボン玉

秋の風



ポツポツという雨の音ではなく

サーッという雨の音

雨の音は嫌いじゃない

玄関をでると秋の風が吹いていた

少し気が早いけれど

冬の空気までも感じてしまった


人というのは不思議な生き物

人でありながら人が不思議な生き物だと思う


感情がある生き物でよかった

そして感情がなかったら

苦しくなかったのにと

思ってしまうこともある

嫌な記憶なんて全て忘れてくれる

便利な機能があればいいのに

でも嫌な記憶でも

忘れたくない記憶もある


たまに思うよ

考えなければ楽なのに

考えて苦しくなってしまう

自分のためにだけ生きていたら

どんなに楽で

まわりのことなんて考えずに

誰のことも考えずに

自己中心的な人間で

そんな自分が大好きな人間だったら

もしかしたら楽だったのかもしれない

もしもそんな自分だったらと

たまに想像することがあって

人である以上一人ではなくて

共存して生きている

自分のことばかりを考えて生きてく生き方が

自分が好きなのかどうなのかなんて

今の自分からは想像がつかない

何を書いてるんだろう

考えだすとなかなか答えにたどりつかなくなる

この件も長々と書いてしまいそうだから

やめよう

画像:しおれる植物



2010年9月14日火曜日

舞い上がる泡



期待をしてしまうから

がっかりする気持ちも大きくなる

そう

それが嫌で

最初からいい方向に考えるのが怖くて

へんな癖をつけてしまってたこと

だいぶその癖も治ってきてるのだけど

今日はいい方向に考えていた気持ちが

まんまと反対へ転んでしまった

そんなことよくあることなんだから

気を落としても仕方ない

そうなんだけども

わかってるんだけども

なんだかあまり喋る気にもなれない

文字での会話はできても

言葉を声に出す気力がでてこない

こんな風になってしまうことは申し訳ないのだけれど

どうしようもない

一通りのやるべきことを終えてから

寝っころがりながら歯磨きしていたら

涙がポロポロとこぼれてきて

私には許されないことなのかなとか

またいらぬ方向へ考えだしたらきりがなく

今日は本当によくないことばかり頭に浮かぶし

仕事もなんだか気が抜けていた

心ここにあらずの月曜日

画像:昨日に引き続き部屋でのシャボン玉写真

2010年9月12日日曜日

カラーチャート



カラーチャートのワークショップ

PIPPOへ

なんとなくしかわかってなかったCMYとRBGの関係?

実際に自分でやってみると

わかってくるものがある

ワークショップっていうかたちでもなんでも

自分の手で何かをするということは大切なことだなぁと改めて実感。

見ること聞くことも大切だけど

実際に自分でやってみることが一番の勉強になる。

今回はプロの女性カメラマンさんが京都から参加!

すごいな〜!

TCKのヨシ子さんは昨日も色んなことを教えてくれた。

「どんどん質問をしてください」っていうお言葉に甘えて

基本的なことをきいてみたりする。

きっと、こんなことも知らないのかよ〜ってことを

私はきいてるんだろうけど

そんなことでもヨシ子さんはしっかり答えてくれた。

4人のうち2人が学生さんで2人とも就活中でした。

今回も4人全員が女性で前回も女性!

不思議と、このワークショップはなんでも聞きやすい。

私はカラーチャート用にフランスで撮った写真を使った。

グレーが多い写真だったので、それぞれのフィルターの数値をかえてくと

こんだけの色の変化があるってのがよくわかる。

そして自分がやっぱりY味系が好きであることもわかる。

最近35mmで全然撮ってなかった。

なんか35も使いたくなってきた。

そしてフランスの写真一枚でカラーチャートを作ったせいか

フランス行きたいぞーーーーーと再燃。

いつか行こう。

いつか行ける。

そうそうフランス語やろうって去年の今頃言っていたはずだ。

忙しくてできなかったけど!

やるぞ!フランス語やってやる。

画像:家の中でシャボン玉(良い子は真似しちゃいかんね・・

2010年9月5日日曜日

手と声と13



千夏ちゃんのライブ

今回は裕子ちゃんの絵も展示されていた。

裕子チャンの絵がすごく素敵で

特に私はアクリルで描かれた樹の絵が大好きで

私の後ろに飾ってあったんだけど

すごくかわいくてホッとして

やさしく伝えてくれる

なんかそこにいることに意味があると

勝手に自分で思ってしまうような

樹の素敵な絵

どの絵もleteの雰囲気と流れる空気にもすごくとけあっていて

大好きでした

もっと観たい

あんな風に絵をかけるってうらやましい

私は写真を撮るけれど

実は絵を描けるなら絵の方が描きたいかもしれないと思う


千夏ちゃんが真っ白なブラウスで登場

ふわっとしたブラウスとふわふわとした髪

これまたleteにぴったり

そして千夏ちゃんの歌がはじまる

外の音とleteに広がる千夏ちゃんの声が素敵に交わる

今日は来てよかったなって素直に思うし

毎回思う

ライブも終盤で"手と声と"を歌う千夏ちゃん

本当にこの曲は大好きで

また涙がジワーっと出てくる

3月から気持ちがバタバタとしていたこと

去年の結婚式の二次会で千夏ちゃんに歌ってもらったこと

いろんなこと思い出して

我慢してたけど涙がとまらない。



歌詞がとても共感できるし

何より千夏ちゃんの心が伝わってきます

是非みなさんにも聴いてほしい!

ここで聴けるから是非とも
http://www.myspace.com/mikichinatsu


ここからはちょっとライブの感想ではなくなってしまうんだけど

最近よく思うのです。

自分も何か表現していたいなと思うことは確かなんだけど・・・

なんだろうか

何かをやらなきゃいけないと思ってやるんじゃなくて

純粋に好きだからやっていきたいんだと思えることをやるのが

自分のためなんだろう。

例えば私がライブや絵画鑑賞や写真鑑賞を観るだけしかしなくても

それが好きならばそれだけで十分で

表現する人がいる それを観てくれる人がいる

観てくれる人がいるから 表現する人がいる

そう思ったら観てるだけでも十分な役割があって

観てる人は別にそれを役目だと思って観てるわけじゃない

好きだから観ているだけなんだけど。

ただ客観的にみたら表現する人 される人がいることで

成り立つことだからそれぞれに役目みたいなものがあるんだなって

思えて・・・。

自分が無理して表現することはなくて

自分はもしかしたら観る側なのかもしれないと思ったのです。

ううん、私は観る側だけじゃ嫌なんだろうけども・・・

最大限自分の好きなことして行きたいと思う。

まったく表現しない人なんていない。

何かのかたちで自分のやるべきことを見つけていれば

生きて行くことはとても充実していて

揺るぎない自分でいられるんだろうと思えたのです。

先輩のdance



今年で二回目

もう1年がたったのか・・

みどり先輩のダンス観てきたー

こんなド素人が生意気な口たたきますが!

去年よりも出演者の方々がレベルアップをしていた。

すごいなぁって思うばかり

そしてわたしも頑張らなきゃって思う時間

何かを一生懸命にやってる人は素敵で

そして去年も書いたかもしれないけれど

目がいく人っていうのはいい笑顔で踊っている人や

表情が豊かな人だったりする

うまい人はもちろん目がいくのだけど

笑顔がいい人もすごく目を引くし

すごく楽しそうにダンスしてる人も目がいっちゃう。

私も何か一生懸命に取り組まなければと思いながらも

日々の疲れに甘えているなと・・・


もーちゃん先輩とまゆみ先輩と

会場に入ったんだけど

席がほとんどうまっていて

3人で一緒にすわれるところがなかった・・・

空いていたのは最前列だけで・・・

もーちゃん先輩が「じゃぁ、真ん中は少しずらして座ろうか♪」と言うので

「そうですねー」なんて言ってはみたものの

もーちゃん先輩は真ん中じゃないけど、私とまゆみ先輩は

センターだったわけで・・・(w

まゆみ先輩はダンサーの男性からいい香りが漂ってきたって言っていたけど

私ともーちゃん先輩が、そのダンサーの横を鼻の穴を大きくしながら

通ったけれどいい匂いはせず、まゆみ先輩の

いい男=いい匂い という思い込みなんじゃないかとか・・・

なんかやっぱり先輩たちはひと味ちがうな・・・

さすが先輩っす!

みどり先輩と挨拶をして

いざミートレアへ。

お肉の祭典。お肉のパラダイス。

そこでアクシデント。

清まるというカツのお店の前で私が「清まるさんからサイン!」と・・・

本当は彦摩呂をイメージしてたのに・・・

あー、うまく伝えられないけど、

自分で言って自分て馬鹿だなって思ったのでした(w

ミートレアでアゲアゲ揚げ物ばかり食べて先輩達とは別れました。

あぁ・・・本当に先輩達は話しが楽しすぎる

どうしてあんなに・・・

ガーナとか

スパーキング!とか

キーワードがいっぱいです。

意味わからない日記ですみません。

画像:みどり先輩への花束。 iPhone にて撮影


2010年8月23日月曜日

あついね



そんなの当たり前だよ〜

夏だもんね〜

沖縄は高校野球でもりあがってるようだ

今年は一度も高校野球をみなかった

あ、多分去年も・・・

今年はねぇ・・・東海大相撲・・いや相模が

決勝でていたし

ちょっと気になったんだけど

みなかったなぁ

でも高校野球ってのは感動するよね

私は観てると苦しくなってきちゃうたちです

あぁもうどっちも勝たせてあげたいよね!って思ってしまう

蝉の声もだんだんと静かになってきて

街のショーウィンドーも秋物や冬物がでてきて

なんとなく寂しくなり

あぁもう秋になっちゃうなぁって

切なくなるね

でも!秋はおいしいものがたくさんだよ(笑)

芸術の秋だし

楽しめることたくさんあるからね

楽しく楽しく

画像:多摩川にいた野球少年達 この子達もいつか高校球児になるのかなぁ

2010年8月22日日曜日

二連ちゃん



一昨日は中高時代の女友達2人と会ってフレンチを食べた

一人の友達は高校卒業ぶりにあって

ぜんぜん変わってなくて

こんな感じだったなぁって懐かしくもあり

やっぱり歳をとったぶんだけ

お互いにいろんなことを考えてるなぁと思ったり

でもくだらない話しで馬鹿笑いして

ガールズトークっていうんでもなく本当普通の話し(笑)

本当学生時代の友達と

最近またつながりができてきて嬉しい


そして昨日は会社の同僚と後輩2人と渋谷の焼き鳥屋で飲んだ

まぁ男3人で女1人だったけれども

そんな異性という感覚がなく

そういう変に意識するっていうのが

最近なくて楽だな

話しは会社のことが多いけれど

愚痴ることもなく笑い話しをして

楽しい時間が過ぎた

なんだろなぁ

こうやっていろんなことが話せる人がいるっていうのは

幸せなことで

笑っていられる自分が本当に幸せだと思えた

それが仕事の話しでも

楽しく話せるってのは本当いいことで

元気にもなって行く

悲しい話しや苦しい話しも時には必要だけれど

やっぱり楽しいにこしたことがない!(笑)

笑っていられる時間をくれるみんなに

ありがとうだよ!

そして

こういう時間を許してくれる夫にも感謝感謝

画像:洗濯物



2010年8月20日金曜日

明日



フィルム2本分あがってきた

といっても24枚

まったくもって悲しくなるでき

でも少しずつ

カメラを知っている気がする

少しずつでも

知ったこと

身についたこと

嬉しいと思える


でも

少ししか進めてないこと

もうちょっと進まないとって

焦る

いいところもわるいところも

ちゃんと向き合っていかないとね

画像:あがってきたフィルム

2010年8月19日木曜日

名前



一度だけ

ただ名前を呼ばれただけなのに

すごく元気をもらったことがある

その瞬間

とても近くなって

とても支えられて

ただ名前を呼ばれただけなのに

元気を貰えるって

なんだろうね

今も不思議



自分の名前が昔は好きじゃなかった

「幸世」って響きが男っぽくて

もっとかわいい名前がよかったなぁなんて

よくおもっていたのだけれど

今は好きだと思えるようになった

生まれて初めて両親からもらった

プレゼントだもんね


大切にしてこう

画像:植物園で

2010年8月17日火曜日

ぎみ



風邪気味

夕方近くに薬飲んだ

なので体がだるだるだわ・・

夕飯なにしよう

画像:うちの観葉植物に新たな芽


トウモロコシと淡い記憶へ



今日 トウモロコシを茹でた

皮のついたトウモロコシをみると思い出す


私が幼稚園の時に住んでいた祖母の家は

目の前にトウモロコシ畑があった

夏になると

そのトウモロコシ畑の主のご好意でトウモロコシを収穫させてもらい

すぐに茹でてもらっていたよ

それはそれはとてもおいしかったなぁ・・


私は幼稚園の3年間

体があまり強くないのもあって

親元を離れて母方の祖母と暮らしていた

三島は水の都

家の庭にはわき水が出ていて

沢ガニもたくさんいたし

綺麗な砂利がたくさんあって

井戸もあった

夏はその井戸でスイカや庭で作った野菜を冷やして食べて

夜は蛍もやってくることもあったんだ

夏がくると

あの頃のことをすごく思い出す

今はもうその場所には

住んだ家も

井戸もない

家の後ろにあった竹やぶは今はコンクリで埋められている

祖母がいたころの庭

朝 キジバトがポーポーポポって鳴く声で起きたこと

祖母がホースで庭の植物達にたくさんの水をあげていたこと

小さな虹ができていて

その虹の間をとおりぬけたこと

今は断片的に思い出される光景

夏になると近くの田んぼがレンゲ畑になっていた

夢のような時間

何も考えず

怖がらず

不安も

そんなマイナスな気持ちなんてなかった頃

毎日が楽しくて

芝生の上でゴロンと寝そべって

太陽がまぶしくて

未来なんて考えてなくて

今が楽しかった

幼稚園に通いだして

小さな恋も芽生えたり

好きな子と手を繋いで結婚の約束をしたことも

あの頃の記憶が一番切なくなる

そして一番振り返りたくなる良き時間

たまに思い出す

幼稚園を卒業して三島から離れる日

車で川崎に帰るとき

あの子に折り紙の後ろに手紙を書いて

川崎に着いたら送ろうと思っていた

本当は会って渡したかったんだ


箱根の峠のレストランで家族とご飯を食べて

折り紙の手紙を大切に持っていたのに

両親や家族にその手紙を冷やかされたくなくて

どこかの隙間に入れてしまって

そのままその手紙を忘れてしまったこと

あの手紙にはなんて書いていたんだろう

あの手紙を置き忘れたこと

今でも忘れられなくて

大人になった今も

箱根を車で通る時にいつも思い出す

あの手紙にはつたない言葉をたくさん綴っていたはずで

えんぴつで一生懸命書いた

何を綴っていたんだろう

素直な気持ちを書いてたんだ

何も飾ることのない

ありのままの気持ちを



あの頃みたいに

伝えていきたい